むすーの日記

Diary

2003/08/22
一冊目

○月×日、入院□□日目
今日もわはーが来た。
本当なら母と来れれば良いのだけど
母の仕事が終わるのが我慢できないらしく、あの子は一人で来ている。
電車にも一人で乗れなかったくせに、バス、電車と乗り継いでだ。
嬉しいと思う反面、毎日、あの子が
「お姉ちゃんわはー」
と、馬鹿丸出しで病室に飛び込んでくるまでの間が不安でたまらない。
何で私がこんな心配をしなければならないのだろう、全く頭に来る。
「今日はホームを間違えた」
にこにこと嬉しそうに話す。やはり馬鹿だ。私がついていないと、電車にも満足に乗れない。

"
「お姉ちゃん明日退院だよね」
「うん」
「あのねあのね目玉焼き作れるようになったんだよ、明日作ってあげるね」
「うん」
お姉ちゃんが頭をなでてくれた
ひさしぶりにお姉ちゃんの笑顔をみた気がする

"

○月△日、入院□○日目

急に具合が悪くなった。
わはーが話しかけてくれても苦しくて答えることができない。
いつもは笑っているあの子はそれを見て悲しそうな顔をする。
胸が苦しい・・・

"

○月×日
「今日お姉ちゃんが退院してきた
一生懸命目玉焼き作ったけどちょっと失敗しちゃった
でもお姉ちゃんはおいしいって全部食べてくれた
後片付けもお姉ちゃんと一緒にやった
お姉ちゃんとても元気そう
これからもずーっと一緒だよ」

"

○月×日
目覚めたら昨日の服のままだった
ベッドに倒れこんだ先から記憶がないから、そのまま寝てしまったのだろう
以前とくらべても疲れやすい…
一緒にお風呂へ入る約束をしたのに破ってしまったけど
わはーはいつもの笑顔で私を起こしにきた
今夜はご飯の前に一緒に入ろうと約束をさせられた
仮退院は昨日一日で、夕方に病院へ戻らなければならないのに、私には断れなかった…

"

×月×日
わはーが顔の半分が真っ黒な医者とマントをきた筋骨隆々の医者を連れて来てから一ヶ月がたった
二人ともとても胡散臭いが腕はいいみたい、
体調は相変わらずだけど前ほど酷くなることはなくなった
最近は毎日検査でされる注射が嫌い、
お見舞いに来たわはーも注射の時だけは外に逃げる
今日はごつい方の医者がきて長い説明をしていった
前の説明と違って長くて丁寧で、だけど理解できなかった
でも1つだけ分かったことがある、手術が1週間後ということだ

"

○月○日入院○○○日目
ペンを握るのも億劫、もっと言えば体を起こすのも辛い。
こんな弱音を吐けるのは、この日記だけ。今日はわはーと痔悪化兄さんが来た。
二人とも笑っていた、私も笑った。鏡を見る度に気力の衰えていく、死を迎え入れつつある顔でも、笑えた。
端から見れば、青ざめた無表情な顔に見えたんだろう。それでも、二人には通じる笑顔。
わはーは病室の掃除、片付けもこなせるようになった。
明日から病室が奥の方に移動しちゃうけど、大丈夫かな。
きっとまた迷ったり、病室を間違えたりするに違いない。
けど、1ヶ月もたてば、真っ直ぐに、迷わず私の部屋まで来てくれる。……その1ヶ月後は、私にあるんだろうか?
皆に悲しい思いをさせるのが悲しい。悔しい。あの子の笑顔を崩すだろう自分に腹が立つ。
でも、私のせいじゃない。どうして私だけ?もし私が死んでも、あの子はまた笑えるようになるの?
笑えるようになるって事は私を忘れるって事?……やめよう。こんな事ばかり考える、もう嫌だ。
早く明日になれ、あの笑顔が見たい。

"

○月△日
私の体力は日を追うごとに弱っていく。妹が見舞いに来ているというのに・・・。
今日は電車を乗り間違えなかったようだ。でも・・・もう頭を撫でてやることも叶わない。
私は弱々しく微笑む・・・いや、微笑むことすらできていなかったのかもしれない。
それを見て、わはーは笑顔を絶やすまいとする。痛々しい笑顔の隙間から、
わはーの頬に伝うものがある。

ごめんね・・・。




"

うん・・・今まで私の事気にかけてくれたの
・・・・・・妹しかいなかったから

"


目を閉じると、青い空が広がっていた。
わたしは向日葵畑の上を飛んでいた。
低く飛ぶと風に乗って花びらが舞い上がった。

ひまわり畑の隅に麦藁帽子が見えた。

「お姉ちゃん青い空だね わはー」声が聞こえた気がした。

その瞬間まで

目が覚めた。身体の上に大仏でも乗っているだろうか、とても動かせそうに無い。
瞼をこじ開けると、眩しさに思わず目を閉じてしまう。
しばらく光にならした後、ただでさえ辛いのに、さらに焦点の定まらないもどかしさにいらつきながら周りを見渡す。
何人か人がいる事に気づく。
医者、看護婦、痔悪化兄さん、ろくでなしの大嫌いな父、わはーもいる。
わはーは……、ああ、笑っている。大きな瞳には涙。今にもはちきれそうだ、でも笑ってる。
ただただ、馬鹿みたいな、痛々しい笑顔。
悲しみ、喜び、相反する感情を含めた声で、皆が私の名前を呼ぶ。
ああ、そうなんだ……。今日なんだ。ただ漠然と、悟ったようにそう思った。
恐怖をあまり感じないのは、何故だろう? 血の巡りも止まりかけているのか。

「わ……は……こっ……ち」

声を振り絞り、わはーを呼ぶ。本当なら、兄さんにも言いたい事はあった。
でも、わはー一人にだって、最後まで話せる自信は無かったから。
「お姉ちゃん、大丈夫だよ」
わはーは両手で深く、やさしく私の手を包む。
握り返す事も出来なかったけど、その手は暖かくて、とても安心した。
「ごめ……んね、ごめ……ね」
伝えたい事は一杯あったはずだ、なのに、口を割って出た言葉は
ただ相手を悲しませる、私の妹を傷つけるだろう言葉だけだった。
整理しようと思っても頭がぐるぐると定まらない。それでも、それでも
「うん、うん」
今にも決壊しそうな瞳は、真っ直ぐに、私を見据えていた。

「わた……しん……も…………ま……た……

「わら……って……い……だ……いす……だか……」

「お姉ちゃん、お姉ちゃん!!」

伝わったかな?
しっかりはっきりとなんて、とても恥ずかしくて伝えられないから、これでいいのかも知れない。
きっとそれは、わはーに幸せを運んでくれる……。
「お姉ちゃんがいないと……無理だよ、だから」
わはーはまだ耐えていた。最後の1歩、がけっぷちで馬鹿みたいに踏みとどまって。
馬鹿な、本当に馬鹿な、強い、私の妹。
私にはそれが嬉しくて、愛しくて、可哀相で、抱きしめたくて。
だから、抱きしめるのは無理でも、それをしてあげようと思った。
神様がいるかなんて知らない。でも、神様、悪魔、何にだって祈るから、もう少しだけ。
消えそうな意識、振り絞る力。こんな事しか出来なくても、他の誰でもない、私の命。
重い、痛いなんて苦痛も無い、言う事を聞かないそれをなだめ、やっと、それは、届いた。

「……いま……は……な……て……いい……か」

太陽の匂い、ありふれた、陳腐な言葉でも、
それが一番ぴったりだと思えた、わはーの空っぽの頭。
力も入らず、なでる事も出来ず、たださするようにした。

「うっ……うあ、うぐ……お姉……ちゃ……」

涙が溢れた。わはーは嗚咽を漏らし、泣いた。
何時ぶりだろう、この子の泣き顔を見るのは、懐かしくて、ちょっとだけ微笑ましい。
いつだって一緒だった。何をしても一緒、その度に困らせられた。
楽しい事ばかりでもなかったけど、今では楽しかったと胸を張れる。
だから、私は、言葉はもう無理でも、私らしい笑顔で、わはーの頭をさすり続けた。
意識が途絶える、その瞬間まで。

わはーの日記


@

お姉ちゃんが亡くなってから、もう何年かたった・・・
私の歳も、そろそろお姉ちゃんに追いついちゃうね。
あの頃の事を思い出すと、今でも悲しくなる。
でもお姉ちゃん、安心してね。
私、最近、心から笑えるようになったから。
ったか・・・私もお姉ちゃんと同じ歳になっちゃった。」
そういうとわはーは姉の形見のバンダナを解いた
「これ、もう必要ないよ、私はもうあの時みたいに弱くはないもん」
そういってポケットにバンダナをしまった
「・・・だから見守っててねお姉ちゃん」

@

お姉ちゃん
今日ね街で子供の頃のお姉ちゃんにそっくりな子見かけたんだ
驚いて声かけたら不思議そうな顔してたよ
そうだよね、いきなりだもんびっくりするよ
でもね話してたらなんていうかすごく気が合うんだ
よく笑う子なの
お姉ちゃんの笑顔思い出しちゃった
今度遊びに行く約束もしたんだよ
いっぱい遊ぶんだ

ね お姉ちゃん

@
最近、近所の人に「お姉ちゃんに似てきたね」って言われるようになった。
似てるって言われるのが、すごく嬉しい。
お姉ちゃんの形見のバンダナも、もう、自分の体の一部分みたいなもの。
お姉ちゃんはいつも、ムスッとしてたけど、私は笑顔で過ごそうと思う。
でも誤解しないでね、お姉ちゃん。私はお姉ちゃんのムスッとした表情、大好きだったんだから。

@

この写真を見るたびに思い出す。
これは、お姉ちゃんと過ごした、最後の夏休み。
お姉ちゃんは、日に焼けるのが嫌で、なかなか一緒に虫取りに行ってくれなかった。
結局、この日に採れたのは、小さいカブトムシが一匹だけ。
「散々歩き回ったのに」って、お姉ちゃんは不機嫌そうだったよね。
でも、炎天下で二人で食べたアイスキャンディー、とってもおいしかったね。

@

麦わら帽子をかぶったお姉ちゃん、とっても似合っていたよ。
でも、私が「似合ってるね」って褒めると、不機嫌な顔をしたよね。
その麦わら帽子、今は私がかぶっているよ。
私は日焼けなんて気にしないんだけど、この帽子をかぶっていると、お姉ちゃんと一緒に散歩している気分になれるから。

@

二冊目

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むすーたんは海で泳げないので
ただ、海を眺めているだけ。

「・・・・・もう、見てるだけは慣れてる・・・・・もん。」

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「現在日本で承認されている抗がん剤は海外に比べてずっと少ない。
シクロフォスファミドが効かなければ後が無いぞ」

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+

△月○日
あの長く苦しい生活が終わって、もうどれほどたつのだろう今日はわはーを海に連れて来た、
いや連れてこられたといったほうがいいかもしれない夏だよ、
気持ちいいよ、蒼いよと必死になるあの子の頼みを断りきれなかった甘やかすのはよくないけれど、
この空と水平線を見ているとたまにはいいかと思う
「お姉ちゃん今笑ったわはー」
「…笑ってないわ、早く泳いでらっしゃい」
「一緒に行こうよわはー」
「私はいいから行きなさい」
「わはー…」
少しがっくりしたようにうなだれた後、わはーは私の隣に腰を落とすじゃあ一緒に眺めてる、だってありがとう・・・

+

△月○日 晴れ
ひさしぶりの海
焼けた砂の感触
潮風が気持ち良い
みんな泳がないであたしの傍にいてくれる
ごめんね
我侭言って
みんな笑顔でいてくれる
ごめんね
ごめん ありがとう

+

”お兄ちゃんが泣いた日”
○月×日
窓から差し込む光で私は目を覚ました。「おねぇちゃーん!」妹が泣きながら私に抱きついてきた。
お兄ちゃんもよかったよかったと言いながら泣いていた。お医者さんは私が1週間も意識が戻らなかったこと
心臓が停止してあぶなかった事を教えてくれた。
お兄ちゃんは顔をくしゃくしゃにしながら目にゴミが入っただけだといっていた。
気付いたら私も妹を抱きしめながら泣いていた。また二人に会えるとは思ってなかったから。
お兄ちゃんと妹と私は泣きながら笑った。これからは三人ずっといっしょだよって。
だから私たちを見守っていてね。天国のおかあさん。

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